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現実Frommの逃走

人に伝える技術を高めるために色々やってみてます。

選挙について

 

 

 大阪ダブル選挙があったということで、選挙について思ったことをリハビリも兼ねてだらだら書いていきます。

 ハリネジミには政治が分からぬ。ということで、選挙の結果については全く触れません。従ってそれ以外の部分についての話になります。前回、前々回と学部に関係のない記事を書いてしまったので今回は、経済学部らしい記事にしようという意気込みはあります。間違っている箇所があれば是非教えてください。

 

 今年ももうすぐ終わりになりますが、『火花』という本がバカ売れしたのは記憶に新しいですね。この本は一応読んだので書くとしたら年が明ける前に感想を書いてみようかとも思っています。まぁそれはともかくとしまして、その少し前にブームになった本に『21世紀の資本』というものがありました。ダイヤモンドの特集?で読んだくらいなので深いところまでは知らないのですが、所得格差ヤバくね?みたいな内容だったと思います。r>gという式が書いてありますが、金持ってればもっと金持ちになって行くぐらいの意味で捉えてしまえばいいんじゃないかと思います。こうなれば益々格差は開いていきます。しかし、純粋な資本主義社会においては所得格差が開くからどうしたという程度のもので、初めから許容されていたことだと考えます。

 個人主義自由主義では個人の努力によって達成された所得であるから〜という論法を使うことが多いので、じゃあ相続税バシバシ負担してもらいますよ〜っていう話の流れのはずです。

 

 

 で、なんですけど、この相続税を改正するのは国会の役目であってその国会というのは(建前上)国民の意見が反映されたものになっています。国会の意思決定は基本的には過半数で決まるので、議員の過半数の意見が反映されます。議員の過半数=国民の過半数の意見となるかどうかは疑問が残りますが、ひとまずこう仮定しておきます。

 つまり、国民が自分の利害をしっかりと考慮し投票をすれば的外れな結果にはならないということです。

 所得格差を例に挙げると、

相続税増やす党

相続税増やさない党

 

①について、相続税で得られた税金は社会保障生活保護)などに使われる。

 

 とすると、低所得者は①へ投票をし、高所得者は②へ投票することは明らかであると考えます。従って、所得格差が大きく開きピラミッドの底辺が広くなったときには人口の比率が底辺側が大きくなるので①の党が勝ちやすくなるということです。

 所得にかかわらず一人一人に選挙権を与えるというのはものすごく重要なことだったんだと思い知らされますね。お金持ちかどうかで選挙をしてしまうA〇Bの総選挙は「選挙」じゃない!って口うるさく言ってた人の気持ちがわかるような気もします。(単に名付けただけだしそこまで言う必要はないとも思います)

 

 ということで、皆さんが十分に合理的だとしたら政策に関わるどんな選択に対しても人口比が1:1を超えた段階で1:1に戻るような作用が働いているはずです。選択というのは突き詰めれば二者択一になるというのは余りに有名なのでここでは敢えて言及しないですけど他の政策についても先ほどのモデルを使って説明できると考えます。

 

 ここからは、人口比が1:1でないにも関わらず是正の措置がなされていない時の条件を書いていきます。

 

①党の政策が民意を反映してない

②党の政策が達成される見込みがない

③党の政策が様々な要素を含んでいるため自分への影響を推測できない

④変わることを恐れている(プロスペクト理論で説明できそう)

⑤票の分配が上手く出来ていない(特定の候補者に集中してしまう?)

⑥政策をきちんと理解できない(教育を受ける権利、知る権利)

⑦投票しないほうがいい(投票で得られる利益の期待値<損失)

 

 ②に関しては今回の増税のときに散々テレビでやっていました。低所得者側の人間は本来、増税を喜ぶべきなのですが手放しで喜ぶ人は少なかったのです。増税されたあとに言われていましたが、増税分が本当に社会保障費に使われているのか?ということに関心が集まっていました。なにはともあれ、増税を拒否する人というのは高所得者なので、増税反対!と言っている人がいたら少し煽ってみましょう・。・

 確か、T↑により、G↑すると、雇用創出し、それが更に雇用を生むという乗数効果によりY↑になるという話があったはずです。

 

 ③に関しては大阪の政策が該当すると思います。やろうとしていることが多岐にわたるので結局自分への見返りが何なのかわからない。ということだと思います。まあ、分かりにくい政策にするのも悪いですが、こちら側も知る努力をするべきですよね。そもそも、民主主義国家では国民が国政に関心があるという前提のもとに成り立っていると思いますので。

 

 

 民主主義って確かポリスの時代が始まりだったはずですよね。ポリスの民は、奴隷を持っており十分な所得と余暇が存在していました。おまけに教養も備えていたらしいので、民主主義は成り立ちやすいのだと思います。

 現代の日本では、所得、余暇、教養を全て備えている人の割合というのはそれほどいないのではないかと思います。そもそも、所得が多い人は余暇の費用が高まるのでそもそも併存することは珍しいのかもしれません。(後方屈曲曲線からいって十分すぎる所得があればー)

  で、全てを兼ね備えているグループを考えると、高所得者であった高齢者が多く占めるのだと考えます。次に親の脛かじれる大学生ということになるのでしょうか。

 

 

  ここまで、人口比の話ばかりしてきましたが、若者に有利な政策にはなりにくいんですよね。理由としては簡単で、0~19歳までの意見というのは反映されないからです。少子高齢化というのはそういう意味で重要な問題であると考えます。

 つまり、少子高齢化社会においては、高齢者の意見が通りやすく若者の意見を考える必要は少ないということです。しかし、若者の意見が通りやすい社会では、高齢者の意見を考える必要がある。なぜなら、将来、高い確率で高齢者になるからですね。

 ということで、少し考え方を変えます。人口ピラミッドをイメージして、特定の人は自分より上の世代の政策については考慮するが、下の世代については考慮しないという仮定をおきます。

 すると、高齢者はある意味重複してカウントされることとなり、初めから有利になっています。そういった事情が有って18歳も選挙権が与えられたのでしょうか。

 

 なんかこの辺は、

「このまま資源使って言ったらいずれなくなるよ!」

「構うもんか!今が良ければそれでいい」

 

みたいな話に似ていると感じます。

 

 登場人物は自分のとこしか考えないという個人で構成されています。故に、家族という共同体でみると子供の利益も自分の利益に含まれることになりそうなので、そういうことがあって現状になっているのだと思います。(核家族化?ウッ....頭が)